うつ病発症〜その4〜





母に来てもらった

母親にSOSを出してから東京に来てくれるまで2週間。とりあえず、毎日を生き抜くことだけを考えた。こんなに母親に会うのを待ちわびたことは幼少期以来だ。

思えば僕は幼稚園ぐらいまで、母親にべったりつきっきりだった。怒られることもよくあったが、そばにいるとすごく安心する。やはり母親は偉大な存在である。

なんとか仕事にも行きつつ辛い毎日をやり過ごし、母親が東京に来てくれる日になった。

 

待ち合わせ場所は恵比寿。この土地は僕が生まれ育った地だ。

久しぶりに東京で会った母は数ヶ月前に長野に行った時に会った時よりも老け込んでいるように見えた。さすがに60間近になれば年相応なのかもしれないが。

とりあえずアトレのレストラン街に移動。「なんでも食べたいところでいいよ」と言われたが、恵比寿だけあってどこの店も賑やかだ。

雑音がかなり気になる状態だったので、わりかし静かそうなお店を選んだ。

実際に会ってみるとあまり会話は多くない。でも安心感は感じていた。

このあと妹の家に泊まりに行くことになっていたので、二人で妹の家に電車に乗って移動した。

妹は出張だったため、しばらく二人で待つことに。

一時間ほど経過して妹が帰って来た。

夜も遅いこともあって、順次お風呂に入ることになった。母親が風呂に入っている間妹と話した。

 

妹からの提案

今後の僕の話になり、妹から「一緒に住むのはどう?」と提案があった。妹の家の更新日も近いというのもあってそんな提案が出たのだ。

この時点で僕の今後の選択肢は3つ。

1.一人暮らしを続けること。
2.両親のいる長野に行くこと。
3.妹と一緒に暮らすこと。

1の選択肢は今の自分にとって厳しい問題点があった。それは、無謀な転職をしてしまったことによって収入が落ちてしまい家賃を払うのが厳しいこと。今の病院に入職する時は、家賃の安いところに引越しするという考えがあったが、今の自分には引越しをするというエネルギーは残っていなかった。

2の選択肢は、両親は自分の病状を理解してくれているし、家賃も払わなくて良いので経済的にはかなり楽になる。しかし、生まれてこのかた首都圏で暮らしてきた自分にとってこれまでの友達と疎遠になってしまうこと、また仕事も見つかるのかという不安もあった。

3の選択肢は、二人で住むので現状よりは経済的に楽になる。しかしこの先いつ自分が仕事に復帰できるのかという不安もあるし、それが妹の負担になるのではないかという懸念もあった。

(2017/11/10時点では2,3の選択肢のいずれかで迷っている。)

そんな話をしつつ夜も遅くなったし眠くなったのでみんなで就寝。この三人で一緒の部屋で寝るのは小学生以来かな。

翌日、妹は友達の結婚式が新潟であるということで、早々に家を出て行った。

 

心療内科受診

この日は心療内科の受診の予定があった。約一ヶ月ぶりでこの病院に入職してから初めての受診である。

母親に付き添ってもらっていざクリニックへ。

自分の番号が呼ばれ診察室へ入室。

この一ヶ月でうつが悪化したこと、幻視や幻臭があったこと、スマホにメモしたことを全て話した。

 

ついにドクターストップ

すると、即仕事のドクターストップがかかった。僕ももう仕事をするのが限界まできていたので、先生からドクターストップをもらったことで安堵した。

診断書には「二ヶ月の休養を要する」と書いてもらい、とりあえず二ヶ月の休みを得た。しかし、入職したばかりで休職すると伝えることが自分にはどうしてもできなかった。そこで、父が連絡してくれるということになった。この歳になって親に職場に連絡をしてもらうというのもかなり恥ずかしい話だが、今の自分にはそうしてもらう他なかったのだ。

診察が終わり駅の近くの店でランチをし、その後僕の家にきて掃除をしようということになった。

うつ病になってからというもの、一度も掃除をしていなく部屋は荒れ放題だった。

母と一緒に一時間ほどかけて掃除をした。いらない物もだいぶ捨てた。

久しぶりにスッキリした気分になった。

にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ
にほんブログ村





コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です