うつ病発症〜その2〜





8月も残り数日。上司と面談を設定し「退職する」意思を伝えた。

人間関係は悪くなかったが、このまま続けていたら自殺してしまうかもしれないと思ったし、何より辛い毎日から解放されたかったのだ。

入って間もなかった僕には、さほど引き継ぐ事項は少なかった。入社時に有給が12日付与されていたので、全部使わせてもらうことになった。

最終出社日の前に夏休を3日取らせてもらい、病院の一次面接1件、見学1件を設定した。

面接する病院は埼玉県。僕にはあまり馴染みのない土地だ。大宮駅近くのガストで昼食をとり面接対策。二時間ほど滞在しいざ病院へ出発。

病院に到着し、受付で人事の人に取り次いでもらった。出てきた人は30代半ばぐらいの男性。

普段倉庫として使われているような部屋で面接が開始。

聞かれた内容は、これまでの経歴、なぜ臨床に戻りたいのか、将来どのような技士になりたいかなど一般的な質問内容。思っていたより和やかだなと思っていた矢先、

「あなたはこの履歴書をみてどう思いますか?私からしてみたらゴミ同然ですよ」

といった鋭いツッコミがあった。確かにあまり人に誇れるようなキャリアではないが、想像以上の指摘だった。ここでひるんではダメだと思い、面接官の意見に同意しつつ反論した。

なんて回答したか覚えていないが、この受け答えがよかったのか、面接官に笑顔が戻り、病院の現状や抱えている問題、臨床工学トップ兼理事についての説明が始まった。

色々と包み隠さず病院の内情や理事のキャラクターや生い立ちみたいなことまで説明してくれたが、何か違和感を感じた。なにやら宗教を熱く語る信者みたいになっているのである。しかし、今の自分には選択肢は少ない。面接官の意見に同調しつつ長い説明が終わり透析センターを案内してくれてこの日の面接は終了した。

翌日、神奈川県内の病院へ見学。早めに着いたので喫茶店で時間を潰そうと思った矢先、昨日の面接の結果の電話がきた。一次面接通過したとのこと。この時は素直に嬉しかった。

喫茶店で時間を潰したあと、病院に到着し人事に見学の旨を伝え、技士長が現れた。結構気さくで優しそうな雰囲気だ。

病院はかなり老朽化して廊下も部屋も狭い、ベッドも電動ベッドが一台もない、といった状態だったが、技士長のキャラクターが気に入り前日面接をした病院より志望度が高くなった。後日履歴書や職務経歴書を作成し病院へ郵送した。

夏休も終わり、早くも最終出社日。普段通りに運用業務を行い、終業時間1時間前ほどから最終手続きの準備と挨拶周りに入った。

仕事のストレスから逃れられた解放感、そして次の仕事が見つかるかの不安、この2つの感情が交錯していた。

最終出社日が9/12だったので、長い休みが始まった。面接が2つ控えていたものの、毎日が暇で映画ばっかり観ていた。

ある時、いつものようにベッドに横になってパソコンを眺めていると、なにやら10円玉サイズの蜘蛛のようなものが見えた。家の中にたまに現れる蜘蛛ではない、明らかにそこには存在していない蜘蛛である。この時はあまり気にしなかったが、うつ病に典型的でない幻視が現れたことは、かなり高ストレスがかかっている証拠である。

話は元に戻り、結局、埼玉の病院は二次面接で落とされてしまったが、神奈川の病院の面接が決まった。

9月も残り2日というところで面接が行われた。こちらは終始穏やかで、質問も2,3あったぐらいで、面接官が

「うん、いいんじゃないかな」

といった軽いノリで内定をもらってしまった。

ようやくトンネルから抜けられる、とこの時は思っていた。

 

 




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