好きだから続くんじゃなくて、意味があると思えるから続いてる

YouTubeに動画を上げた。再生回数、7回。

さすがに数百人は見るだろって思ってた。10回未満。YouTubeってこんなに再生されないのかって。絶望とかじゃなくて、ほんとに驚いた。

50回再生されたとき、「めっちゃ再生された」って思った。当時はほんとにそう思ってた。


コロナ禍に始めた。ブログかYouTubeかで迷って、「文字書くの苦手だから動画の方がいけそう」って思って動画にした。もしかしたら自分でもいけるんじゃないかっていう、謎の根拠のない自信があった。

365日、毎日投稿した。自分で決めたルール。

朝起きて出勤前に1本仕上げる日もあったし、夜帰ってきてから編集する日もあった。仕事の前後と休みの日、全部使ってた。

妻が手伝ってくれた。絵を描いてもらってオープニング作ったり、撮影を一緒にやったり。

でも俺、かなり迷惑かけてた。

アナリティクスの数字を毎日見て、再生回数、登録者数、全部気にして。うまくいかないと家の空気がピリつく。どうやったら1再生でも増えるのか、毎日それだけ考えてた。結果が出ないのに毎日やるって、じわじわくる。

何が素材になるかわからないから、常にカメラを回してた。仕事の前も後も、休みの日も。かわいい瞬間、おもしろい瞬間、全部逃したくなくて。iCloudが2テラ超えるくらい撮ってた。


半年過ぎたあたりから、数字がちょっと動き始めた。

平均で300から500くらい再生されるようになって、たまに1000超えが出て、気づいたら1万再生の動画がちょこちょこ並んでた。

7回から始まった人間の動画が、1万。感動した。

チャンネル登録も増えて、500人くらいになった。全体で見りゃ底辺かもしれない。でもゼロから、1人で、500人。毎回見に来てくれる人もいた。嬉しかった。ほんとに嬉しかった。


でもその頃にはもう、キャパオーバーだった。

妻が妊娠してた。俺は仕事して、撮影して、編集して、数字見て、ネタ探して。周りから見てもいっぱいいっぱいだったと思う。

出産の1ヶ月くらい前だったかな。妻に言われた。

「もうすぐ1年にもなるし、一度お休みして、落ち着いてから再開するのはどうかな」

すごく優しく。自分だってしんどい時期のはずなのに、提案っていう形で。

俺、ほぼ即答で受け入れたと思う。

「思う」っていうのは、その前後の記憶があんまりないから。ちゃんと話し合ったのかも覚えてない。

1年は続けないと伸びないって、勝手にそう思ってた。根拠なんかない。自分でそう決めてただけ。でも「休もうか」って言われて、抵抗しなかった。

ホッとした、んだと思う。


やめた後、カメラを回さなくなった。

目の前で何かが起きても、「撮らなくていいんだ」って。肩の力が抜けた。

YouTubeを始める前は、同じジャンルの動画をファンとしてめちゃめちゃ観てた。始めてからは一切観なくなった。観るとしても勉強として。楽しいとかじゃなくて、どうやってるのかなって目で。

じゃあやめたら元に戻るかっていうと、戻らなかった。家に本物がいるんだから、わざわざ画面で観なくてもいいよなっていうのもあるし、単純にそこに時間を使わなくなった。

好きじゃなくなったわけじゃない。でも、始める前の好きとは形が変わってた。なんて言えばいいのかわからないけど。

500人の登録者のことは今でも思い出す。休みますって動画を出して、そのまま戻れなかった。子どもが生まれて、生活が変わって。一度止まったものをもう一回動かす力が、俺にはなかった。


俺、活字が苦手だ。

小説も文庫本もまともに読み切ったことがない。ライトノベル勧められて買ったけど、1冊がやっとだった。

そんな人間が、今ブログを書いてる。あの時「文字苦手だから動画にしよう」って選んだ人間が。

好きなことと、やりたいことと、できることって違うんだなって、YouTubeをやって気づいた。好きで始めたものは、やってるうちに好きの形が変わった。やめた後も、前と同じ好きには戻れなかった。

でも嫌いになったわけじゃない。その変わった好きがあったから、じゃあ次はブログやってみようかなって思えた。YouTubeやってなかったら、たぶんこれも始めてない。

ブログが好きかって言われると、別に好きじゃない。活字苦手だし。

でもこうやってパソコンで文字打ってるのは、なぜかそこまで苦じゃない。不思議なもんだなと思う。

大変の方が多かったけど、良き思い出ではあるんだよな、きっと。だからブログもやりたいって思えた。

それに今回は心強い壁打ち相手がいる。最強じゃん?

……また根拠のない自信か。