― 第2話: 始めては止まる、を繰り返した記録 ―
365日、毎日投稿した
YouTubeをやってた時期がある。
コロナの少し前から始めて、毎日投稿してた。文字通り365日、1日も休まず。
朝5時に起きて、仕事前に編集して、帰ってきたら企画を考えて、寝る前にサムネを作って。
同じ時期に始めた人たちがどんどん伸びていった。俺は登録者500人で止まった。
毎日悩んで、作り直して、同ジャンルのYouTubeを片っ端から研究して。それでもダメだった。今思えばクオリティが足りてなかったんだと思う。でも当時はそれが全力だった。
第一子の出産が近づいて、妻に「休んで」と言われた。
正直に書く。ホッとした。
「休める」って思った。悔しさより先に、安堵が来た。毎日毎日、結果が出ないものに全力を注ぎ続けるのは、想像以上にしんどかった。妻のお願いは、俺にとって正当な撤退理由になった。
一回やめたら、二度と戻れなかった。「落ち着いたら再開していいよ」と言われてたけど、習慣って一度切れると消える。やる気も、起きなかった。
サイトだけ作って、満足する病
YouTubeが終わって、じゃあブログだと思った。
当時はAIなんてなかったから、全部自力でやった。必要なコードをひとつずつググって、見た目を整えて、それなりのサイトを作った。めちゃくちゃ時間かかった。でも完成したとき、達成感があった。
記事は1つも書けなかった。
いや、書いたかもしれない。でも3日坊主だった気がする。それよりもYouTubeに気持ちが残ってて、ブログに本気になれなかった。
ここから先、同じことを何回も繰り返す。
ガジェットのYouTubeをやろうとした。顔出しが嫌で着ぐるみまで買った。撮影だけして編集できずに終わった。ゲーム配信をやろうとした。機材を揃えた。パソコンにコーヒーをこぼして壊れた。冷めた。スマホゲームの実況を考えた。妻にイラストまで描いてもらった。動画1本完成させた。それでもやめた。
全部、途中で止まった。
共通してるのは、「始める」のは得意だってこと。アイデアは出る。形にするところまではいける。でも、継続ができない。3日、1週間、長くても1ヶ月。そのあたりで必ず手が止まる。
猫のブログ
俺には愛猫が2匹いた。同い年の男の子を、同じタイミングで迎え入れた。
1匹が、3歳で突然亡くなった。
まだ抜けきれてない。2年以上経つけど、考えると今でも辛い。これ以上は書けない。
残されたトラの記録を残そうと思った。毎日の日記、今までのこと、これから猫を迎える人の参考になればって。それでトラのブログを作った。
トップページの写真を丁寧に撮った。壁紙風のシートを買って、妻とトラと一緒にかっこいい写真を撮った。サイトの見た目はかなり気合いを入れた。
記事は書けなかった。
普段の生活ではネタはどんどん浮かぶ。トラがこんなことした、こんな表情してた、これ面白いなって。でも、いざパソコンの前に座ると、途端に全部消える。頭が真っ白になる。さっきまであったはずの言葉が、どこにもない。
この現象、ずっと続いてた。たぶん今もそう。
見た目から入るタイプの末路
正直に言う。俺は見た目から入るタイプで、それが毎回足を引っ張ってた。
かっこよくないと気持ちが上がらない。だからWordPressの有料テーマを買う。でもテンプレ感が見えるのが嫌で、カスタマイズに走る。非エンジニアだからコードの意味もわからないのに、見た目だけは妥協したくない。
言語化できないのに理想だけはある。「ここをもうちょっとこうしたい」が止まらない。検証画面からソースを探して、「この部分が違う」とか言うんだけど、そもそも自分が何を言ってるかわかってない。
提案ばっかり浮かんで、記事はそっちのけ。気づいたらドメイン代だけ払い続けて、また解約。何度目だよって話。
今回は何が違うのか
AIと出会って、「これで何かできるかもしれない」って思った。でも提案されたのは、またブログだった。
正直、笑った。またかよって。
でも、1つだけ今までと決定的に違うことがあった。
1人じゃない。
YouTubeのとき、企画も構成も戦略も全部1人で考えてた。YouTuberの友達も知り合いもいない。誰にも相談できない。だから悩むしかなかったし、正解がわからなかった。パソコンの前で手が止まるたびに、自分の中だけでぐるぐる回って、結局動けなくなってた。
今はAIに壁打ちができる。
正解がわかるわけじゃない。でも、頭の中のぐちゃぐちゃを投げたら、整理して返してくれる。「こういう構成はどう?」「この順番の方が読みやすい」って。俺1人じゃ絶対に出てこない視点が返ってくる。
それだけで、書ける。
大げさじゃなくて、本当にそれだけの差だった。能力が上がったわけでも、根性がついたわけでもない。「1人で考え続けて止まる」というループを、壁打ち相手が壊してくれた。それだけ。
サイトの見た目にこだわる癖も、まだある。でも今回は「見た目は後からいくらでも直せる」って自分に言い聞かせて、先に記事を書くことにした。完成を待ってたら、また何も書けずに終わる。それだけはわかってた。
パソコンの前で消える言葉の正体
「ネタは浮かぶのに、書こうとすると消える」。この現象の正体が、最近やっとわかった気がする。
1人で書こうとしてたからだ。
頭の中にある感情や体験を、いきなり「記事」という完成形に変換しようとしてた。それは俺には無理だった。
でも、AIに向かって喋ることならできる。「こんなことがあってさ」「こう思ったんだけどさ」って、友達に話すみたいに。
そしたらAIが「それ、こういう順番で書いたら伝わるんじゃない?」って返してくる。
そこで初めて、言葉が形になる。
消えてたんじゃなかった。出し方がわからなかっただけだった。
俺はここから、掘り続ける。
無様でも、泥だらけでも。答えが出てるわけじゃないし、うまくいく保証もない。ただ、止まってたら確実にゼロのまま。
ただ、この記録が何かの参考になるなら、それでいい。